「頭の中が“痛い”でいっぱいだったんです。」
痛みは、体だけでなく、気持ちまで占領してしまうことがあります。
今回お話を聞かせてくださったのは、新潟県長岡市にお住まいの71歳の女性です。
来院前の状態
「雷が落ちたような痺れと痛み」
「えっと、左足に雷が落ちたような痺れと痛みです。」

約1年前の5月30日頃から始まった症状でした。
左足に走る、鋭い痺れと痛み。
「すごい辛いですよ。もう、どうにかなるかと思うぐらい。」
一瞬の痛みではなく、続いていく痛み。
日常の中に、常に存在している感覚だったそうです。
10ヶ月続いた不安
整形外科に通い、薬を飲みながらも、症状は完全には消えない。
当院に来られるまで、およそ10ヶ月。
その間ずっと、「このまま続くのだろうか」という不安と共に過ごしていました。
頭の中が“痛い”でいっぱいだった日々
「頭の中に100パーセント、“痛い”“痛い”って先行きが不安だったんです。」
テレビを見ても、面白く感じられない。
目の前のことに集中できない。
体の痛みが、思考まで支配してしまう。
それが一番つらかったと話してくださいました。
病院・他院での経験
整形外科での診断と痛み止め
最初に行かれたのは整形外科。
「坐骨神経痛だと言われて、痛み止めをもらって、ずっと今まで飲んでました。」
処方されたお薬(リリカ)を、寝る前に欠かさず服用。
「義務みたいに飲んでいました」
「もう、義務みたいに飲んでました。」
飲めば少し和らぐ感じはある。
でも、なくなるわけではない。
頼っているけれど、どこか不安が残る。
そんな状態だったそうです。
運動も続けていたけれど
体を良くしたいという思いから、週2回カーブスにも通われました。
30分の運動を続ける日々。
努力はしている。
でも、決定的な変化は感じられない。
「このまま続くのかな…」という迷いの中でのご来院でした。
当院を選んだ理由
我慢する以外の選択
はっきりとした決定打があったわけではありません。
ただ、
「痛いからって我慢して動かないのも駄目だし。」
という気持ちが、心のどこかにあったそうです。
「動かないのも駄目だし」
年齢を重ねていく体。
だからこそ、止まってしまうのではなく、何かできることはないか。
その考えが、来院という選択につながりました。
小さな決断
大きな覚悟というよりも、小さな決断。
でもその一歩が、後の変化につながっていきました。
一番印象に残ったこと
普段の生活が体にいいことをしていなかった
「整体してもらって、あ、普段の生活が全然体にいいことしてないんだなって思いました。」
普段動かさないところを動かされる感覚。
体の使い方を見直す時間。
それが最初の気づきでした。
体操で変わる実感
お伝えした体操を行うと楽になる。
「やらなかった日は、夕方になると、あ、違うなって。急いで体操します!」
すると、楽になる。
自分で整えられる感覚
“やってもらう”だけではなく、
“自分で整えられる”という感覚。
それが安心感につながっていきました。
「やっぱり専門だなと思って。」
と、ぽつりとこぼれた言葉も印象的でした。
現在の状態
「ほとんどないですね」
「今は、ほとんどないですね。もう全然っていうほどないです。」
もちろん、ゼロと言い切るわけではありません。
体操を忘れた日や疲れが出た日には、少し違和感が出ることもあります。
でも、以前のような強い痛みではありません。
8割抜けた“痛い”という思考
「頭の中の“痛い”が8割ぐらい抜けて、頭が楽。」

この変化が、何より大きかったそうです。
目の前を感じられるようになった
「こう目の前のものも、ちゃんと感じられる。」
余裕を持って景色を見られる。
テレビを見て、普通に楽しめる。
“普通”が戻ってきたことが、一番の変化でした。
実際にお話しされている様子はこちらです。
声のトーンや表情からも、今の安心感が伝わるかもしれません。
これからの目標
静岡への挑戦
印象的だったのは、静岡への旅行です。
「友達が静岡にいるから、行けるかな?行ってみようかなって。」
「行けるかな?」が「行ってみよう」に変わった
痛みが強かった頃は、
“行ける”という発想自体がなかったそうです。
でも今回は、行ってみようと思えた。
広がる選択肢
実際に行き、楽しみ、無事に帰ってこられた。
「ホント、行って良かったです。」

体が楽になると、未来の選択肢が増える。
それが今の実感です。
同じように悩む方へ
我慢し続けなくてもいい
最後に、同じように悩んでいる方へ。
「だんだん老化していく体なのに、痛いからって我慢して動かないのも駄目だし。」
今すぐでなくても大丈夫
無理に急ぐ必要はありません。
でも、我慢し続けるだけでなく、別の選択肢があることを知ってほしい。
困ったときに思い出してもらえたら
「我慢しないでやっぱり整体に来た方がいいと思いますよ。」
強くすすめる言葉ではなく、
経験から出てきた自然な言葉でした。
もし今、
「これ、私のことかもしれない」
と感じたなら。
今すぐでなくて大丈夫です。
困ったときに、思い出してもらえたら。
そのときの選択肢のひとつになれたらと思っています。

